2013年10月08日

いま私たちができること (柔道部)

 今回は自分にとって2度目の交流支援でした。柔道部としては2年前の宮古、そして陸前高田・大船渡での交流支援に続き、3度目の三陸です。岩手県宮古から始まり、山田、大船渡、陸前高田、宮城県気仙沼への長い行程でした。

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 宮古市では、宮古高や宮古商業、宮古市の体育館で合同稽古を行いました。参加校は宮古高・宮古商業・宮古工業・大槌高・久慈高・気仙沼向洋高に近隣の中学校と、たいへん大きな規模の合同稽古で、多くの中高生と交流することができました。

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 山田町では、地域の子どもたちと柔道交流を行いました。元気に柔道を楽しむ子どもたちの姿が印象的でした。

 津波によって学校が流されてしまった高田高校(大船渡市内に移転)には、2年前に早稲田の道場から畳を運び入れ、新たな道場を作りました。今回もその道場で、高田高・大船渡高・大船渡東高の生徒と一緒に稽古を行いました。「2年前にもここで一緒に稽古しましたね」と、当時中学生だった女子生徒が声をかけてくれた時はとても嬉しく感動しました。


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 気仙沼では、気仙沼高・気仙沼向洋高・志津川高・地域の中学生と一緒に、気仙沼高校にて交流を行いました。気仙沼向洋高校は校舎が津波の被害を受け、仮設の校舎はできたものの、多くの部活動の施設は近くの気仙沼高校と共有しています。柔道部も普段から一緒に稽古をしているそうです。そのような環境下でも現地の高校生たちは熱心に稽古に励んでいます。

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 今回の交流支援活動では、どこへ行っても皆一生懸命に柔道に打ち込んでいる姿が印象的でした。ずっと楽しみにしていたと言ってくれた生徒もいました。先生も生徒もそれぞれ震災によって様々なものを失って、それでも明日の未来を創ろうとしています。

 現地の状況は2年前に行ったときと比べると大きく変わり、しかしまだ何もできていないというような印象でした。土地のかさ上げや、住宅、高校などの建設が進む一方で、流されてしまった住居の基礎がいたるところに残っているという状況です。震災はまだ終わっていないということを実感させる景色がいたるところに見受けられました。

 今回お世話になった宮古市出身の先輩より後日メッセージをいただきました。(以下要約です)

「東京から最も遠い被災地といわれている宮古に(柔道部として)3回目の訪問感謝しております。早稲田の学生と柔道を通して触れ合えたことは子供たちにとって一生の思い出となったでしょう。町は2年半が経とうとしているのにこれから家の基礎を撤去するような状況です。日を追うごとに震災の記憶は風化されてきていると思いますが、皆様が訪れることで元気をもらえますので是非また訪れてみてください。」とのことでした。前回に訪れたときも悩んだことですが、柔道だけしていて役に立っているのか、他にもっとできることがあるのではないか?という気持ちがありました。少しでも現地の人たちが喜んでくれたのであれば嬉しく思います。

 また一方で「多くの人が様々な形で支援してくれている。しかしながら一方的に送られても負担になってしまうこともある。まずは自分の目で見に来て、なにが必要なのか考えてみてほしい。」という話も訪問先で伺いました。
 
 まだ震災は終わっていません。報道もほとんどされることがなくなってきました。しかし、現地ではいろいろな問題が起きており確かに人々が生活を続けています。震災直後と現在とでは状況は変わってきています。いま私たちができることは見てきたことを伝え、いま何が必要か考え、そして震災は昔の出来事ではなく、今起こっていることだということを伝えていくことだと思います。

(教育学部3年 川端一平)
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復興支援インターンシップを経験して感じたこと (創造理工学部3年 T.M)

 震災から二年半が経過した今もなお、様々な形態での支援が必要とされている状況ではありますが、ある程度がれき撤去などが進み、全く被災体験をしていない「被災地外」にいる私たちが当時の状況を窺い知ることが出来ないほどに当時とは状況が異なっていたので、様々な方から「被災体験」のお話を伺いましたが、自分の想像力の働く範疇を越えていたこともあり実感は湧かず、また、一口に被災地の現状といっても、自分が現在置かれている状況により捉え方は全く異なるので、私たちが被災地に暮らす人々から直接聞いた話からは、現状を把握することが出来なかった、という感想を抱きました。

 今回のプログラムでは、私たちは「及善商店」という主にかまぼこを製造する水産加工会社に復興支援インターンシップ生」として研修に伺わせて頂き、かまぼこの製造から商品として形になるまでの過程で、揚げたかまぼこを整理して冷蔵庫まで運ぶことや、商品の包装など、私たちでも携われることをさせて頂きましたが、まず苦労したのは先方の企業の方々との人間関係でした。私たちが置かれている立場が特殊なこともあり、お互いにどう接してよいかわからず戸惑った場面が少なからずあったように思います。しかし、どのような仕事であれ、生産活動の一端を担わせてもらうということはお客様に商品をお届けする、という同じ目的と場、時間を共有しながら一緒に働くことであり、研修させて頂いた期間は短かったものの、現地の人たちの世界に入り込むこと、また、人間関係の形成をすることが出来たように感じました。


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図1 かまぼこ製造ラインの様子


 また、会社の定休日に陸前高田や気仙沼などの南三陸町以外の被災地に連れていって頂き、それぞれの被災地に関する現状の相違点に関する説明を受けました。また、物資による支援をする場合、現地では何が必要なのか的確に把握する必要があるというお話や、これからもしばらくは変わらぬ生活が続いていく中で、被災地外の人間が、被災地の住人は既に元の生活を取り戻したと考え、被災地について忘れ去ってしまうことへの憤りを口にされ、それが強く印象に残りました。


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図2 見学した気仙沼の仮設商店街の様子


 復興庁の方のお話では、これからの情報発信が大事であり、それによって仲間を増やすことで風化を食い止め、また継続的な取り組みをしていくことが「復興」のためになるとおっしゃっていたので、安易に被災地の現状はこうである、という答え「らしき」ものを出して思考停止状態に陥らずに、継続的に被災地について学びながらどのような情報を発信すべきか考え、そして、実際の行動につなげていこうと思っています。

(創造理工学部3年 T.M)
posted by wavoc-shien-team at 10:48| Comment(0) | イベントの運営手伝い

2013年10月07日

岩手県立高田高校との交流(卓球部)

 早稲田大学卓球部は毎年、9月に行われる秋季関東学生卓球リーグ戦に向け、夏休みに強化合宿を行っています。近年は普段使用している早稲田の練習場で合宿を行うことが多く、合宿での遠征はあまりありませんでした。そこで、今年は環境の違う所での練習をしようと考えている時に、岩手県立高田高校からの依頼のお話がありました。被災地で合宿をすることで、自分達の強化だけに終わらず、被災された方に何か貢献できるのではないかと考え、高田高校にお世話になることにしました。

 高田高校に到着した初日は、早稲田の部員のみでの練習で、高校生は練習の見学をしました。高校生は全員、真剣に練習を見ており、中には早稲田の選手のフォームを真似して勉強をしていた高校生もいました。

 2日目からは高校生も一緒に合宿に取り組みました。早稲田の学生と練習試合を行い、試合のフィードバックやアドバイスを通し、技術指導に取り組みました。猛暑の中で多くの試合をしているにも関わらず、高校生は終始一生懸命に取り組んでおり、熱心に質問をする高校生も見受けられました。
最終日の午前中は練習を通して早稲田の学生2名で高校生1名に技術指導をしました。そして午後は早稲田のレギュラーを含めた全員での練習試合を行い、交流とアドバイスを行いました。

 初日練習後の挨拶では、高田高校の吉田先生から「早稲田の卓球部が今ここにいるのは、奇跡です。」というお言葉が大変印象的でした。練習中には多数の方から差し入れを頂き、校長先生と副校長先生も体育館にいらっしゃいました。新聞からの取材も入り、合宿を行ったことが後日新聞記事にもなりました。自分達の活動がこれだけ大々的になるとは思ってもいなかったので驚きました。高田高校の方と今回の合宿に協力して頂いた皆さまに心より感謝します。今後も継続的に卓球を通した復興支援を続けていきたいです。

 部員はいつもと違う環境で練習をすることで集中して練習に取り組めました。被災地を訪れることで何かを感じ、今後も復興支援に協力したいと考える学生も数多くいました。岩手での合宿で得たこれらの大きな収穫を糧に、2週間後に迫ったリーグ戦での優勝を目指します。

(卓球部マネージャー 大原千里)
posted by wavoc-shien-team at 17:59| Comment(0) | サークル・体育各部
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