2012年06月03日

1年3ヵ月が経つ陸前高田市での活動

 2012年6月2日(土)、本学学生32名および教職員4名が陸前高田市を訪れ、
ボランティア活動を行いました。
活動内容は、津波で建物が流されてしまったお宅の草取りや小さながれき撤去です。
伺った場所のすぐ前は海で、おそらくは相当な高さの津波が押し寄せたと思われますが、
敷地にはもう家屋はおろか土台もなく、ただの原っぱと見まがうほどでした。
 
 私たちが到着すると、Sさんというそのお家の方が迎えてくださいました。
Sさんは今は近くの仮設住宅に住んでいますが、
毎日自分の家があったこの場所に足が向くそうです。
Sさんの案内で私たちは草取りを始めました。みんなせっせと草取りに励み、
敷地はどんどんきれいになっていきました。
しかし、私たちは大変なことをしてしまっていたのです。
何人かの学生が雑草だと思って抜いたもののなかには、
Sさんが大切に育てていたカボチャや花の苗があったのです。
Sさんは苗があったはずの場所にうずくまってしまい、学生もその横に立ち尽くし、
途切れ途切れにお詫びの言葉を発するのがやっとでした。

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すべてが流されてしまった自宅にわずかな野菜や花を育て、その実りを心の支えにしていらっしゃる、
そのSさんの大事な楽しみを私たちは壊してしまいました。
知らなかったとかよかれと思ってやったというのは理由にはなりません。
「私たちは一体何をしに来たんだろう。これではただの迷惑ボランティアじゃないか。」
 それでもSさんは、1日の活動を終えた私たちに向かって
「みんな私の孫みたいなもんだ。来てくれて本当にありがとうね。」と言ってくださいました。
その日のふりかえりで、1人の学生が言った言葉が忘れられません。
「人の気持ちに立って行動するってどういうことか、ということを
常に考えることが大事なんじゃないか。」

私たちの多くは普段は東京にいて、被災地のことはメディアなど限られた情報でしか知りません。
今回のように、善意で行ったことが結果として被災者を悲しませることになってしまう、
そういうことを二度と繰り返さないためには、東京にいても、
常に心をそちらに傾ける努力をしていることが大事なのだと思いました。

 私たちが活動を終えて3週間が経った頃、Sさんからお葉書をいただきました。
「畑に育ったナスやカボチャを学生さんたちに食べさせてあげたいです。」と書かれていました。
何名かはそれぞれにSさんに返事を出したそうです。
今回、陸前高田に行った学生たちには、今回のことをずっと心に留めていてほしい、
そして彼らが「自分はどう生きるべきか、どういう人間になりたいのか」と
自身の心に問いかけるようなときに、その方向を示すようなそんな経験にしてほしいと思いました。 (信)

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2011年11月20日

手にしたもの

東日本大震災後、初めて被災地を訪れボランティア活動をしたのは昨年11 月のことでした。平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)を通して岩手県陸前高田市にて、側溝の泥かきや水路づくり、がれき拾いを行いました。私が作業をした場所はもともと家庭菜園用地だったようで、誰にも収穫されていないトマトやかぼちゃといった野菜が小さいながらも実っていました。そしてそこに取り残された大量の食器や窓枠、お漬物の入ったビン…。あまりに生活感に溢れていて、はじめは中腰で大きな木材やガラスを集めていた私も、次第に引きこまれるようにしゃがみこんでいました。

 そんな中、土の中からそっと引き出したもの。それは写真と、小学生の手書きの学校新聞でした。そこにはきっとたくさんの思い出が詰まっているのだと思うと、がれき置き場に放置することもできず、とはいえ元の場所に戻すこともできず、最後まで手に持ったまま活動を続けました。最終的には現地のリーダーと相談し、その場に深く埋めたのですが、果たしてあの時どうすればよかったのか、答えはないと分かっていてもずっと自問しています。この活動に参加するまで、私は東日本大震災をどこか他人事だと思っていました。それが今、一つひとつの地域や一軒一軒の家に、あの日まで自分と同じように暮らしていた方がいたことを身をもって感じました。

 この活動後は、WAVOC 主催のプロジェクト「RINC」メンバーとして、岩手県釜石市箱崎町に足を運び、仮設住宅の住民と在宅被災者が共に暮らすこの地域の「コミュニティ」について考える活動に携わっています。
 ここでの活動を通して、陸前高田や気仙沼といったメディアによく取り上げられる地域以外にも、同じように支援を必要としている地域が数多く存在していることに気がつきました。そういう地域のひとつである箱崎で、私はこれからも支援活動に関わり続けようと思っています。

(文化構想学部3年 水野 碧)



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【それぞれの想いを胸にがれきなどの撤去作業を行う】


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【現場での拠点となるNPO遠野まごころネットの事務所】


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2011年08月31日

陸前高田市復興支援ボランティア

  百聞は一見に如かず。バス車内泊というスケジュールにつき、活動できたのはたったの半日程度でしたが、それでも実際に現地に足を運ぶことには大きな意味があります。メディアを通じて目や耳から情報を得ることはとても簡単ですが、自分の身体を通して現地の状況や空気を浴びることのインパクトはメディアを通したそれとは大きく異なります。もっと生々しいものとして、自分自身に襲い掛かってくるのです。

 活動内容は民家のがれき撤去と畑の草刈りでした。被災地の畑は海水を浴びてしまって、雑草が伸び放題の状態です。農業を再開するためには、雑草をすべて抜いて土を入れ替えなくてはなりません。現地の方々の中には、農業を諦めようかと考える人たちも、やはり多くいらっしゃるようです。しかし、ボランティアとして、どんなに泥臭い仕事でもいいから、農地をもう一度使い直せるようにお手伝いをして、農家の方々の背中を押してあげるというのが私たちの役割であると、今感じています。厳密には、“背中を押させていただく”という表現のほうが適しているかもしれません。なぜなら、実際に将来その畑で取れた食物を食べさせていただくのは私たちに他ならないのですから。

 さらに、農家の方のお話によると、現地のお年寄りの方々は、避難所生活で近所の人たちとの交流を絶たれてしまったことをきっかけに、精神的につらくなってしまうケースも少なくないようです。だからこそ、ボランティアの人たちが駆けつけて農地のお手伝いをしながら、少しでも現地の方々と会話を交わすことにも意味があるのかもしれないと感じました。復興には、ただお金を注ぎ込んで、モノをつくり直すだけではなくて、人々の生活のソフトの面でのケアがよりいっそう大切なのだと、改めて気付かされました。

 今回、がれき撤去と草刈りをお手伝いさせていただいた家主の方が、最後の挨拶で涙を流しながら、次のようにおっしゃっていました。 「汚い作業をさせてしまって、ごめんね。本当にありがとうございます。学校に戻ったら、勉強も頑張ってね。」 この中の「勉強も頑張ってね。」という言葉には、二度と同じ被害が繰り返されないでほしい。そのためには、いったいどんなことをすればいいのか、何を伝えればいいのか、おそらく家主さんご本人の中でも、まだハッキリはしていないけれど、それでもなお、若い我々の世代に未来を託したい。という、どこかもどかしさも入り混じったような複雑な想いが感じられました。とても自分たちの未来を考えさせてくれるきっかけを与えてもらった気がします。

 そのことにまず感謝し、引き続き復興について考え続けること。それが私たちに出来るボランティアの第一歩なのだと思います。

(社会科学部4年 立山 廉)



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【天候と注意事項の掲示】


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【伸びた雑草を刈る作業】


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【集合写真】

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