2013年10月08日

陸前高田・気仙沼第4便を振り返って

 今回のボランティア派遣は、二箇所で1.5日間の活動を予定していましたが、日曜日は雨にたたられ、主催者(KRA)の判断で作業は中止となり、作業は1日のみとなりました。

 土曜日の作業は震災後、はじめて入る現場(古川沼)で、高田松原の海岸線の陸側に位置する内沼での作業となり、ダンプカー等が行き交う工事現場を通る必要があり、土日限定で「作業を許可された一般の方々以外は立入禁止」という現場でした。安全確保とボランティアでの参加であることを示すために、全員ヘルメット着用が義務づけられ、この日集まった4つの団体(早大、神奈川大、神奈川県社協、東急不動産)で200人あまりが一緒に作業を行いましたが、作業を完了させることはできませんでした。作業は4班に分かれ、早大生は主に土砂を掘る作業、瓦礫を分別する作業、土砂を篩いにかける作業に従事し、学生たちは作業量の多さを実感したようで、震災から2年半が経過してもまったく手がつけられていない現場があることを認識しました。

 作業後の石木先生によるセミナーは、とてもわかりやすい講演内容でした。被災直後に高田病院に迫る津波や、屋上での避難の様子が写真によって示され、また地域医療が抱える問題についても言及されておられました。学生からもたくさん質問が出ましたが、残念ながら時間の関係で私が打ち切り、この続きは10/21(月)に開催される早稲田文化芸術週間にて石木先生をお招きする講演会にて質問を行うように伝えました。

 宿泊先の旧大籠小学校では沼倉市議会議員(校友)が激励に訪れて下さり、震災直後から今までの経緯説明や、「被災地を風化させないように皆さんに頑張ってほしい」と熱く語られ、学生たちの学びがさらに深まったと思われます。また国際リニアコライダーの建設地が岩手県・宮城県を中心とした東北に内定したということも伺いました。

 ふりかえりは、学生リーダー(露木君、柴田君)のとりまとめで2班に分かれて行い、学生のコメントを聞いていて、たった1日でも多くのことを学んでくれた様子が伺えました。
 翌日の日曜日は荒天の影響で作業は中止となりましたが、主催者の計らいでバスツアーを実施し、階上地域を見学することができました。作業予定現場であった慰霊碑にてお線香を供え、廃棄物処理の様子や岩井崎を見学する機会を提供していただき、破壊された防潮堤や削られた海岸線の様子から津波の凄さを実感することができました。

 その後、時間が余ったために学生に2つの選択肢を提示し。Aプランは気仙沼中心部に戻り、買い物と復興屋台村での昼食、Bプランは平泉町まで足を延ばし、世界遺産の中尊寺を見学する案で採決したところ、Bプランの中尊寺を訪ねるコースに決定しました。金色堂の拝観は各自の選択とし、拝観料800円は各自の自己負担としました。車中の振り返りの中でも観光地としても東北の素晴らしさを実感したとのコメントがあり、予定を変更して中尊寺を訪問した意味は十分にあったかと推察されます。
 帰りの車中でも参加学生は和気藹々としており、よき仲間との出会いがあったことと思われます。車中でも振り返りを行い、参加学生一人一人のコメントから大きな学びがあったことが伺われました。最後には、私から「東京ブランチ」の宣伝と、秋以降のボランティア派遣情報を提供しました。

<留学センター 山口博之>




3-1.jpg
<写真1:陸前高田市古川沼における瓦礫撤去>


3-2.jpg
<写真2:石木幹人先生によるセミナー終了後のグループ撮影>
posted by wavoc-shien-team at 14:53| Comment(0) | 泥かき・がれき拾い

2013年09月10日

陸前高田・気仙沼第3便

 今回のボランティア派遣では、陸前高田市に早めに到着できましたので、保存作業が終わったばかりの「奇跡の一本松」を皆で見学に行きました。人工的な保存策を実施した故に頂上部に避雷針がついていることに違和感を覚えたものの、遠くからも眺める一本松の姿は凛としていて、まさに復興のシンボルだと思いました。

 土曜日の陸前高田市での活動は、当初、想定していた側溝の泥かき作業ではなく、広田湾漁業共同組合からの依頼による漁業支援活動に従事しました。参加者は2グループに分かれ、ホタテの養殖に使うロープの選別を行う班と、そのロープの補修(ピン抜き、ピン刺し)を行う班とに分かれて作業を行いました。被災された漁師さん2名と一緒に作業をしましたので、被災時から今に至るまでのお話しを直接伺うことができ、学生たちは多くのことを感じ取ったようです。

 その後、気仙沼市に移動し、語り部さんによる市内の視察を行い、第18共徳丸や水産加工場跡、魚市場等を見学しました。そして仮設の南町紫市場にて夕食をいただき、入浴後、旧藤沢町の大籠小学校にて宿泊し、全員で1日目の活動のふりかえりを行いました。本学校友である沼倉一関市議が激励に来てくださいました。

 日曜日は気仙沼市復興協会の活動に参加しました。当初の予定では、海岸清掃と聞いておりましたが、実際にはお伊勢浜付近の慰霊碑周辺に花壇をつくる活動に従事しました。敷地の雑草を取り、コスモスの苗を植えました。ここでも地主の被災されたご家族からお話しを伺うことができました。

 帰路、気仙沼の復興屋台村にて昼食をとり、お魚市場にてお土産を買うことで、被災地への経済支援に一役買えたのではないかと思います。学生たちは食事中も現地の方からお話しを伺うことができたようです。

 今回の活動にはシンガポールからの交換留学生が1名参加しており、日本語が堪能で、かつ非常に積極的な女子学生であり、グループのリーダーを務めてくれました。彼女のおかげで、学生同士の交流がとても深まったと思います。帰りの車中でも参加学生は和気藹々としており、よき仲間との出合いがあったようです。車中でも振り返りを行い、参加学生一人一人のコメントから大きな学びがあったことが伺われました。


rikutaka3-1.jpg

<写真1:陸前高田市における漁業支援(養殖用ロープの選別)>


rikutaka3-2.jpg

<写真2:陸前高田における漁業支援(養殖用ロープの補修)>


rikutaka3-3.jpg

<写真3:気仙沼市お伊勢浜近くの慰霊碑の花壇づくり>


rikutaka3-4.jpg

<写真4:気仙沼お伊勢浜近くにおけるコスモスの苗植え>
posted by wavoc-shien-team at 12:26| Comment(0) | 泥かき・がれき拾い

2013年01月13日

2013年も早稲田大学は被災地へ向かいます!(気仙沼第3便)

東日本大震災から1年と10ヶ月を迎えた、1月11日深夜、
学生12名・職員4名を乗せた復興支援ボランティアバスが、
2013年第1便として、宮城県気仙沼市に向けて出発しました。

やはり東北の冬の寒さは厳しく、バスの中から見えた道沿いの温度計は、
氷点下10℃を記録しておりました。

今も尚、仮設住宅にお住まいの方々を思うと、自然を少し恨んでしまい、
自然の脅威を感じずにはいられませんでした。

-----------------------
活動1日目(1月12日)は、活動場所を気仙沼復興協会(KRA)さんに
ご調整いただき、津波で床上浸水の被害を受けた民家から荷物を
運び出すお手伝いをさせていただきました。

ご自宅の取り壊し前に、すべての荷物を運び出し、
お庭でトン袋に入れながら分別を行い、
トン袋を業者が回収に来る場所まで運ぶという役割を担うことになりました。

家主の方々とも、一緒に荷物の運びだしを行いましたが、
ご本人は言葉を多く語られることはなく、黙々と噛みしめるように作業をされておりました。
被災されたご本人を目の前にして、生活感漂うご自宅に、
泥塗れの長靴で足を踏み入れ、思い出の品々を次々とトン袋に捨てるという作業は、
非常に辛く、胸がしめつけられる思いになりました。

そのような中、トン袋いっぱいに入った思い出が詰まった
重たい荷物を学生と個人ボランティアの方々とが、
協力をして何往復も運んでくれました。

 P1030866.JPG
<写真:学生が活動している様子>

更に、ご自宅からは大谷海岸を見渡すことができ、
太陽の光をキラキラと反射した海は見惚れるほど美しく、
1年と10ヶ月前、その海から大津波が押し寄せて、
町や人々を飲み込んでいったのだと思うと、
こぼれ落ちそうになる涙を堪えるのに必死でした。

今回は、ケガもなく無事に現地での活動を終え、
気仙沼復興協会さんから「気仙沼復興ボランティア認定証」をいただきました。
認定証には、気仙沼のアイドル ホヤぼーやとともに「感謝 気仙沼さ はまらいんや」
というメッセージが書かれていました。「はまらいんや」とは、
気仙沼の方言で、「一緒に頑張ろう」という意味が込められています。
2013年も継続して、現地に足を運ぼうと決意することができました。

 
夕方は、「すがとよ酒店」菅原文子さんよりお話をいただきました。
ご本人も津波でご家族を亡くされております。津波が押し寄せる前、
そして津波が押し寄せた後の悲惨な街並みを写し出したお写真を見せていただきました。
菅原さんの辛い過去を抱えながらも、伝えること、
人々との交流を通して、お店の復活そして気仙沼の復興のために奮闘されている姿は、
学生たちの心にも響いたのではないかと思います。

-----------------------

活動2日目(1月13日)は、階上地区の吹き潮で有名な岩井崎にて、
階上琴平神社の宮司さんからのお話しをいただき、
その後、気仙沼市の観光による復興を目指した
「塩づくり体験館」にて、塩づくりを行いました。

これまで、本学からは2度塩づくり体験をさせていただいているのですが、
前回までに市の観光課や観光協会の方々と学生とが、
体験館での塩づくりについて意見交換させていただいた内容を、丁寧に受け入れてくださり、
早速、今回までに意見を反映してくださいました。
例えば、なぜ、気仙沼で塩づくりなのかという疑問を持ったお客さんのために、
分かりやすく「塩づくりの歴史」を説明したコーナーを設置してくださったり、
美味しいお塩をより美味しくいただくことができる工夫として、
学生から提案があった、ゆで玉子の試食を採用してくださいました。

 P1040031.JPG
<写真:塩づくり>

学生それぞれの個性溢れた塩づくりが行われ、粒の細かい塩であったり、
最後の一粒まで海水から塩を取り出す学生がいたりと、
大変楽しい時間を過ごすことができました。

その後、遊びに来るお客さんの顔お一人お一人を
浮かべながらの真剣な意見交換が行われました。
十人十色の意見に真剣に耳を傾けてくださいました。
海外出身の学生もボランティアに参加してくれていたため、
海外への情報発信についても触れられたり、
女性目線の気仙沼の塩を使ったお菓子やお塩グッズの提案、
体験館の看板の提案などが出されました。特に塩アイスの提案に、
女性陣は盛り上がっていました。

気仙沼の新鮮で美味しい海の幸や、東北のお米と、
気仙沼のお塩のコラボレーションが見られる日も近いのかもしれません。
日本各地そして世界中から、それらを求めて、
たくさんの観光客が訪れることを願っています。

最後に、今回お世話になった、気仙沼復興協会さん、
一緒に活動をさせていただいたボランティアの皆さん、
すがとよ酒店の菅原さん、階上琴平神社の清原宮司、
気仙沼観光協会の皆様、気仙沼市観光課の皆様、
そして継続的にWAVOCの活動を支えて下さっている
一関市議の沼倉さんに心から御礼申し上げます。

本格的に始まった就職活動、そして大詰めを迎えた
卒業論文執筆や研究の合間をぬって、
参加してくれた学生にも拍手を送りたいと思います。 (田)



posted by wavoc-shien-team at 00:00| Comment(0) | 泥かき・がれき拾い
Powered by さくらのブログ
タグクラウド