2013年08月05日

【参加学生の声】学びの部屋学習支援を終えて

 学びの部屋の学習支援に参加したのは二度目だ。二月の長期休暇中に行われた活動とは異なり今回は週末を利用した短い日程ではあったが、私は次回につながる活動にするために簡単ではあるが、以下の三点を常に意識し心がけていた。


@学びの部屋に来てくれた子どもたちへ「近所のお姉さん」のような親しみを感じてもらえるような振る舞いをする

A子どもたちの些細な言葉を聞き流さずに、想像する

B農園プロジェクトで被災された方とお話をし、被災当時の状況を学ぶ


 学びの部屋は週末にも長期休暇中のように子どもたちが多く参加しているものだと思い、新しく出会う子どもたちとの関係構築を大切にしなければならないと意気込んでいたが、実際に到着してみると思いのほか静かで拍子抜けをしたというのが率直な感想だ。二ヶ月ぶりに顔を合わせた子もいれば初めての子どももいたが、少人数だったからこそ短い時間の中でひとりひとりとより充実した時間を過ごすことが出来たと感じられる。

 学習面においてだが、私は塾の講師や家庭教師のアルバイトをしたことがないので偏見が含まれているかもしれないが、高田一中の生徒たちは非常に学習に対する意欲が高く、貪欲であるように思われる。私は神奈川県にある中高一貫教育の私立学校で学び、卒業して大学生になった今も訪れる機会があるのだが、一中の生徒たちのように学校の授業がない日に自ら学びの場へ赴いて集中して学習し、分からないことに対して真正面からぶつかる生徒はあまりいない。おそらく私の母校の生徒たちにとって学習が手に付かなくなるような魅力的な蜜が周囲に多くあることも影響するが、そのような外的要因だけではなくなんらかの内的要因があるのではないだろうかと考え、都心の子どもたちとは異なる一中の子どもたちの「学び」への貪欲さに改めて感心すると同時に、掘り下げて考察してみたいと感じた。

 学びの部屋の学習支援活動はあくまでも「子どもたちの勉強をする場を支える活動」と頭にいれながら、休憩をかねて子どもたちと普段の学校生活についてや彼らの将来についてお話しすることができたが、時間が経つにつれて目に見えて私に対して警戒心を解いてくれるのが分かり、非常に安心することが出来た。しかしある会話の中からひとりの子どもがおそらく仮設住宅に住んでいるのだということが分かり、こんなにも笑顔を見せてくれて明るく振舞っている子どもたちの影にちらつく被災の二文字が重く感じられた。事前学習で学んだ被災当時の状況を踏まえると、子どもたちが仮設住宅に住んでいることは衝撃を受けることではないのだが、いざそのことを目の当たりにするとやはり心苦しく、特に不自由なくのうのうと毎日の生活を送っていることに負い目を感じている自分に気がついた。同じことを農園プロジェクトでも気がついた。年齢を重ねてから慣れ親しんだ地域を離れまったく知らない人と新しいコミュニティを形成することがいかに難しいことかは私自身転勤族であったため少しは理解することが出来る。震災当日のお話をされる方々は「あの日は寒くて大変だったね〜」と一見世間話のようにお話されていたが、テレビニュースで見聞きするよりも私の中ではるかに現実味を帯びた。

 今回の学習支援と農園プロジェクトを通して、活動前に立てた三つの心がけはある程度達成できたと考えられる。しかし反省すべき点として、生徒たちと仲良くなりたい気持ちが先行して、学びの部屋の「学び」の部分がおろそかになっていた点が挙げられる。あの学びの場は生徒たちにとって学習するための貴重な時間と空間だ。さらに農園プロジェクトではお話がメインとなってしまい、ほとんど農園のお手伝いをすることができなかった点が挙げられる。もちろん貴重なお話を聞くことができたのは私にとって非常に大切な時間であったが、やはり面と向かってよりも土をいじりながらのほうがさらに話しやすいだろう。そのため気を遣わずに作業を任せてもらえるようこちらからも配慮が必要だ。次回は三つの心がけだけでなく改めて反省点を意識しなければならない。
posted by wavoc-shien-team at 14:13| Comment(0) | 学習支援
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