2013年10月08日

震災から2年半 <文学部3年 Y.S>

 今回は、震災があった2011年から毎年我がサークルがWAVOCのボランティアプロジェクトの一環として被災地に赴いているその3回目となるボランティア活動でした。今回大きく感じた事は、震災から3年が経ち瓦礫の撤去などもかなり進んだ中でも、潜在的に存在している問題はまだまだ残っているということです。今回文化祭に出演させて頂いた高田高校も、現在は大船渡市の高校の校舎を使用しているために通学にかなり時間をかけている生徒がいることや、まだまだ仮設住宅に残っている方がいらっしゃる事など、被災地の復興に対する支援がまだまだ足りていない事を実感しました。しかし、今回私たちも「コンサート」という形でしか今回は関われなかったためにそういった問題に「知る」という形でしかアプローチできませんでしたが、たとえそうでも音楽サークルとして「音楽」を通じて「東京の人間が被災地に赴く・関わる」という事そのものにも意味があるという事も、今回学んだ事の一つです。「こうして毎年来て頂ける事が本当に有難い」という先生方のお声も頂いて、どういった形であれ今後も継続してボランティアとして現地の方に関わっていく事もまた必要なことだと感じています。

<文学部3年 Y.S>



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陸前高田・気仙沼第4便を振り返って

 今回のボランティア派遣は、二箇所で1.5日間の活動を予定していましたが、日曜日は雨にたたられ、主催者(KRA)の判断で作業は中止となり、作業は1日のみとなりました。

 土曜日の作業は震災後、はじめて入る現場(古川沼)で、高田松原の海岸線の陸側に位置する内沼での作業となり、ダンプカー等が行き交う工事現場を通る必要があり、土日限定で「作業を許可された一般の方々以外は立入禁止」という現場でした。安全確保とボランティアでの参加であることを示すために、全員ヘルメット着用が義務づけられ、この日集まった4つの団体(早大、神奈川大、神奈川県社協、東急不動産)で200人あまりが一緒に作業を行いましたが、作業を完了させることはできませんでした。作業は4班に分かれ、早大生は主に土砂を掘る作業、瓦礫を分別する作業、土砂を篩いにかける作業に従事し、学生たちは作業量の多さを実感したようで、震災から2年半が経過してもまったく手がつけられていない現場があることを認識しました。

 作業後の石木先生によるセミナーは、とてもわかりやすい講演内容でした。被災直後に高田病院に迫る津波や、屋上での避難の様子が写真によって示され、また地域医療が抱える問題についても言及されておられました。学生からもたくさん質問が出ましたが、残念ながら時間の関係で私が打ち切り、この続きは10/21(月)に開催される早稲田文化芸術週間にて石木先生をお招きする講演会にて質問を行うように伝えました。

 宿泊先の旧大籠小学校では沼倉市議会議員(校友)が激励に訪れて下さり、震災直後から今までの経緯説明や、「被災地を風化させないように皆さんに頑張ってほしい」と熱く語られ、学生たちの学びがさらに深まったと思われます。また国際リニアコライダーの建設地が岩手県・宮城県を中心とした東北に内定したということも伺いました。

 ふりかえりは、学生リーダー(露木君、柴田君)のとりまとめで2班に分かれて行い、学生のコメントを聞いていて、たった1日でも多くのことを学んでくれた様子が伺えました。
 翌日の日曜日は荒天の影響で作業は中止となりましたが、主催者の計らいでバスツアーを実施し、階上地域を見学することができました。作業予定現場であった慰霊碑にてお線香を供え、廃棄物処理の様子や岩井崎を見学する機会を提供していただき、破壊された防潮堤や削られた海岸線の様子から津波の凄さを実感することができました。

 その後、時間が余ったために学生に2つの選択肢を提示し。Aプランは気仙沼中心部に戻り、買い物と復興屋台村での昼食、Bプランは平泉町まで足を延ばし、世界遺産の中尊寺を見学する案で採決したところ、Bプランの中尊寺を訪ねるコースに決定しました。金色堂の拝観は各自の選択とし、拝観料800円は各自の自己負担としました。車中の振り返りの中でも観光地としても東北の素晴らしさを実感したとのコメントがあり、予定を変更して中尊寺を訪問した意味は十分にあったかと推察されます。
 帰りの車中でも参加学生は和気藹々としており、よき仲間との出会いがあったことと思われます。車中でも振り返りを行い、参加学生一人一人のコメントから大きな学びがあったことが伺われました。最後には、私から「東京ブランチ」の宣伝と、秋以降のボランティア派遣情報を提供しました。

<留学センター 山口博之>




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<写真1:陸前高田市古川沼における瓦礫撤去>


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<写真2:石木幹人先生によるセミナー終了後のグループ撮影>
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いま私たちができること (柔道部)

 今回は自分にとって2度目の交流支援でした。柔道部としては2年前の宮古、そして陸前高田・大船渡での交流支援に続き、3度目の三陸です。岩手県宮古から始まり、山田、大船渡、陸前高田、宮城県気仙沼への長い行程でした。

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 宮古市では、宮古高や宮古商業、宮古市の体育館で合同稽古を行いました。参加校は宮古高・宮古商業・宮古工業・大槌高・久慈高・気仙沼向洋高に近隣の中学校と、たいへん大きな規模の合同稽古で、多くの中高生と交流することができました。

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 山田町では、地域の子どもたちと柔道交流を行いました。元気に柔道を楽しむ子どもたちの姿が印象的でした。

 津波によって学校が流されてしまった高田高校(大船渡市内に移転)には、2年前に早稲田の道場から畳を運び入れ、新たな道場を作りました。今回もその道場で、高田高・大船渡高・大船渡東高の生徒と一緒に稽古を行いました。「2年前にもここで一緒に稽古しましたね」と、当時中学生だった女子生徒が声をかけてくれた時はとても嬉しく感動しました。


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 気仙沼では、気仙沼高・気仙沼向洋高・志津川高・地域の中学生と一緒に、気仙沼高校にて交流を行いました。気仙沼向洋高校は校舎が津波の被害を受け、仮設の校舎はできたものの、多くの部活動の施設は近くの気仙沼高校と共有しています。柔道部も普段から一緒に稽古をしているそうです。そのような環境下でも現地の高校生たちは熱心に稽古に励んでいます。

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 今回の交流支援活動では、どこへ行っても皆一生懸命に柔道に打ち込んでいる姿が印象的でした。ずっと楽しみにしていたと言ってくれた生徒もいました。先生も生徒もそれぞれ震災によって様々なものを失って、それでも明日の未来を創ろうとしています。

 現地の状況は2年前に行ったときと比べると大きく変わり、しかしまだ何もできていないというような印象でした。土地のかさ上げや、住宅、高校などの建設が進む一方で、流されてしまった住居の基礎がいたるところに残っているという状況です。震災はまだ終わっていないということを実感させる景色がいたるところに見受けられました。

 今回お世話になった宮古市出身の先輩より後日メッセージをいただきました。(以下要約です)

「東京から最も遠い被災地といわれている宮古に(柔道部として)3回目の訪問感謝しております。早稲田の学生と柔道を通して触れ合えたことは子供たちにとって一生の思い出となったでしょう。町は2年半が経とうとしているのにこれから家の基礎を撤去するような状況です。日を追うごとに震災の記憶は風化されてきていると思いますが、皆様が訪れることで元気をもらえますので是非また訪れてみてください。」とのことでした。前回に訪れたときも悩んだことですが、柔道だけしていて役に立っているのか、他にもっとできることがあるのではないか?という気持ちがありました。少しでも現地の人たちが喜んでくれたのであれば嬉しく思います。

 また一方で「多くの人が様々な形で支援してくれている。しかしながら一方的に送られても負担になってしまうこともある。まずは自分の目で見に来て、なにが必要なのか考えてみてほしい。」という話も訪問先で伺いました。
 
 まだ震災は終わっていません。報道もほとんどされることがなくなってきました。しかし、現地ではいろいろな問題が起きており確かに人々が生活を続けています。震災直後と現在とでは状況は変わってきています。いま私たちができることは見てきたことを伝え、いま何が必要か考え、そして震災は昔の出来事ではなく、今起こっていることだということを伝えていくことだと思います。

(教育学部3年 川端一平)
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復興支援インターンシップを経験して感じたこと (創造理工学部3年 T.M)

 震災から二年半が経過した今もなお、様々な形態での支援が必要とされている状況ではありますが、ある程度がれき撤去などが進み、全く被災体験をしていない「被災地外」にいる私たちが当時の状況を窺い知ることが出来ないほどに当時とは状況が異なっていたので、様々な方から「被災体験」のお話を伺いましたが、自分の想像力の働く範疇を越えていたこともあり実感は湧かず、また、一口に被災地の現状といっても、自分が現在置かれている状況により捉え方は全く異なるので、私たちが被災地に暮らす人々から直接聞いた話からは、現状を把握することが出来なかった、という感想を抱きました。

 今回のプログラムでは、私たちは「及善商店」という主にかまぼこを製造する水産加工会社に復興支援インターンシップ生」として研修に伺わせて頂き、かまぼこの製造から商品として形になるまでの過程で、揚げたかまぼこを整理して冷蔵庫まで運ぶことや、商品の包装など、私たちでも携われることをさせて頂きましたが、まず苦労したのは先方の企業の方々との人間関係でした。私たちが置かれている立場が特殊なこともあり、お互いにどう接してよいかわからず戸惑った場面が少なからずあったように思います。しかし、どのような仕事であれ、生産活動の一端を担わせてもらうということはお客様に商品をお届けする、という同じ目的と場、時間を共有しながら一緒に働くことであり、研修させて頂いた期間は短かったものの、現地の人たちの世界に入り込むこと、また、人間関係の形成をすることが出来たように感じました。


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図1 かまぼこ製造ラインの様子


 また、会社の定休日に陸前高田や気仙沼などの南三陸町以外の被災地に連れていって頂き、それぞれの被災地に関する現状の相違点に関する説明を受けました。また、物資による支援をする場合、現地では何が必要なのか的確に把握する必要があるというお話や、これからもしばらくは変わらぬ生活が続いていく中で、被災地外の人間が、被災地の住人は既に元の生活を取り戻したと考え、被災地について忘れ去ってしまうことへの憤りを口にされ、それが強く印象に残りました。


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図2 見学した気仙沼の仮設商店街の様子


 復興庁の方のお話では、これからの情報発信が大事であり、それによって仲間を増やすことで風化を食い止め、また継続的な取り組みをしていくことが「復興」のためになるとおっしゃっていたので、安易に被災地の現状はこうである、という答え「らしき」ものを出して思考停止状態に陥らずに、継続的に被災地について学びながらどのような情報を発信すべきか考え、そして、実際の行動につなげていこうと思っています。

(創造理工学部3年 T.M)
posted by wavoc-shien-team at 10:48| Comment(0) | イベントの運営手伝い
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