2012年09月04日

もう一度、ジャズの響く町へ!

 ニューオルリンズジャズクラブ(以降、ニューオリ)は、
昨年7月の「七夕コンサート」以降、折に触れ宮古を訪れ、
イベントでの演奏や小学生への演奏指導を行ってきました。

宮古はもともとジャズの盛んな町でしたが、
震災以後は町から音楽が消えてしまっていたといいます。

昨年ニューオリが初めて宮古に伺った「七夕コンサート 」では、
町に音楽が戻ってきた、と非常にあたたかく出迎えてくださいました。

あれから1年、今年も宮古駅前での演奏も加えて、
遊覧船での演奏「七夕ジャズSHIP」や、
地元の小学生への演奏指導の機会もいただき、
初参加の1年生から4回目となるメンバーまで
20名のニューオリの学生が宮古に向かいました。


到着の朝、あいにくの雨模様のなか「七夕ジャズSHIP」の開催です。
津波で大量の砂がさらわれた浄土ヶ浜にも、少しずつですが観光客が
訪れ始めているそうです。その方たちにより楽しんでいただこうと、
桟橋や遊覧船で演奏を行いました。

学生たちが船に乗り込んで演奏を始めるとうれしいことに雨はやみ、
青空が見えてきました。

遊覧船のお客さんたちもカモメに餌をやったり、
美しい景色を眺めながらジャズのリズムに手拍子をしてくださいました。



 その後、商店街での「まちなかコンサート」や
宮古駅前での「七夕コンサート」で、宮古のみなさんに
たっぷりとニューオリのジャズをお届けしました。
コンサートの締めくくりは、その日演奏指導をした
山口小学校の吹奏楽部の皆さんとの「聖者の行進」です。

小学校での指導時間はわずかでしたが、
みんな短い時間でメロディを覚え、
本番では見事な演奏を披露してくれました。


 夜は、商店街の皆さんと共に「100万人の線香花火」に
参加させていただきました。これは3.11を線香花火とともに未来に語り継ぎ、
震災の犠牲になられた方々に寄り添っていくための追悼として
毎年7月7日に全国で一斉に行われるプロジェクトだそうです。

学生たちは夜になってまた降り出した雨の中、
それぞれに線香花火の小さな炎を、祈りを込めて見つめていました。

 ニューオルリンズジャズはもともと弔いの音楽で、
学生達はだからこそ津波で甚大な被害を受けた宮古に繰り返し足を運び、
目の前で演奏を聴いてくださっている方とともに、
亡くなられた方々に対しても音楽を捧げてきました。

宮古の皆さんの温かいもてなしに最高の演奏で応えたい、
僕たちに声をかけていただける限り、
また宮古に行きたい、と学生たちは帰りのバスで話していました。 (信)
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2012年09月03日

被災地とラグビー

今回、8月30日から9月2日にかけて岩手県と福島県を訪れ、
現在の被災地の様子に触れると共に、早稲田大学ラグビー蹴球部として
できることとして、ラグビー教室を実施しました。
私達が行った活動は主に3つです。

まず、参加した部員のほぼ全員が、
震災後の被災地域を訪れるのは初めてであったため、
釜石の現状を知るために、視察を行いました。

がれきがたくさん残っているという状況ではありませんでしたが、
原っぱが広がっていました。

説明をしてくださった方によると、
そこには過去の住宅や商店が並んでいたそうです。
震災や津波の恐ろしさを感じました。
震災がれきの山を実際に見て、この問題が
自分のこととしてリアルに感じました。

写真_2.JPG


つぎに、釜石シーウェイブスと明治大学との試合を行いました。
ラグビーを通じて少しでも元気になってもらえるようならという思いで実施しました。
試合も白熱した展開となり、来てくださったお客さんに
自分たちの思いが届いていればと思いました。

P9020317.JPG

福島県では、ラグビー教室を行いました。
県内外から大学生、高校生、中学生が150人ほど集まってくれました。

当日は実際にラグビー部が普段行っている練習を
指導のもとやりました。

ラグビーを通じて、
部員の活力を感じてもらえればという思いでしたが、
集まってくれた人たちの真剣な様子に
こちらも活力をもらったような気がしました。

4日間の短い活動でしたが、有意義な活動となりました。

これから私達が何をしなければいけないかを
非常に考えさせられる機会となりました。

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2012年09月01日

ボランティアを終えて

被災地に行って自分の目で状況を確かめたいと以前から思っていましたが、
大学の授業や経済事情などもあり、なかなか実行に移せていませんでした。

そんな中、大学のボランティア派遣で音楽ボランティアに行く機会を得て、
迷わず行こうと、決めました。

現地にいくと決めたものの、なかなか心の準備はできていませんでした。
私は状況をきちんと受けとめられるだろうか?
まったくわかりませんでした。

夜中に早稲田を出発、バスはひた走りに走り、早朝に気仙沼市へ到着。
車中泊で身体はコキコキしだして、足もむくみがち。

寝不足の目をこすりながら、気仙沼高校へ。
高校では文化祭ということで、
合唱コンクールやバンド演奏などでにぎわっていました。
 
体育館で、合唱コンクールを見学したときのことです。
舞台上の高校生たちを見ながら、
被災後、この場所で避難していた人々の苦しみや、
元気そうに歌っていても
色々な家庭状況を抱えているかもしれない彼らの気持ちといった、
見えない悲しみに包まれることがありました。

それから、私たちの順番でトライトーンさんの「涙をこえて」をうたったのですが、
自分が担当している歌詞である「無くした過去に泣くよりは」を
うたう声が震えてしまって、今にも涙が出てしまいそうでした。

その後、火事で大幅に焼けてしまったエリアにある仮設住宅を訪れたのですが、
こちらでも、元気そうにされているみなさんが
今もなお悲しみの中におられ、
さらにさまざまなな苦しみを抱えておられることを感じました。

高校生の歌を聴いて、私自身もアカペラを歌わせていただいて、
歌のパワーを感じるとともに、被害を受けたエリアを見学し、
自然の脅威と自分の非力さ、いろいろな思いが複雑に絡みあい、
とても切ない気持ちになりました。

 仮設の商店街を訪れたときは、
お寿司やさんの店主のお話を伺いました。
長年の常連さんのほとんどが、今は仕事ができていないから
店に来ることができず、外からきた私たちのような
お客が来ることはとても助かっているとのことでした。

まだ漁港は完全に復興していないので、
魚を仕入れるのも大変だろうと思われる状況でのコメントでした。

また、コロッケ屋さんにも行きました。であった
70をこえるおばあちゃんからは、津波から走って逃げたこと。

そして振り返ったら誰もついてきていなかったから、
もうみんな避難したんだと思ったら、そうではなかったこと。

そして、実際津波が来たとき、波にいろいろ
飲まれていく状況をみたことなどを伺いました。

そのおばあちゃんは、「いろいろイベントなどは来てくれるけど、
店があるからみにいけない」と仰っていましたので、
おばあちゃんの前で、アカペラをうたいました。

その時の、おばあちゃん、たまたま隣にいた花屋さんのおばさんの
嬉しそうな顔は忘れられません。

その夜は、なんでも願いがかなうといわれているブルームーンが、
漆黒の空の中に輝いていました。

次回はもっともっとお役にたてるように普段から精進したいと思います。

(Street Corner Symphony 中村 百恵)
posted by wavoc-shien-team at 22:10| Comment(0) | サークル・体育各部
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